【岩手】 平泉 [東北]
【2012年7月14日】
高館義経堂 (たかだちぎけいどう) 7月14日 午前11時10分
中尊寺の入口近くから左へ逸れる道を行き、東北本線の踏切を越した先に「高館義経堂」がある
こちらは源頼朝に追われ、奥州藤原氏を頼り平泉へ落延びた源義経の居館があった場所
別名で「衣川館(ころもがわのたち)」とも呼ばれている
源義経は頼朝とは異母兄弟で常盤御前の子で、平氏を滅ぼした立役者であったけれど、平氏亡き後は頼朝と兄弟で敵味方となり、奥州藤原氏によって幼少期を過ごした平泉へ落延びたが、逆に藤原氏に攻撃され、ここ衣川館にて自害したそうな
その後、仙台藩伊達家が義経を偲んで建てたのが「高館義経堂」なのだそうですわ
拝観料200円を支払って階段を昇り高館義経堂へ
写真正面が「高館義経堂」、右に見える宝篋印塔は義経の供養塔
義経堂はガラス張りのお堂の中に凛々しき義経武者木像が安置されています
写真だとガラスが邪魔でお顔を撮るのが精一杯で、出来れば拝観時間内だけはガラスを取ってくれると助かるんだけれど・・・それは私の自分勝手な考え方なのでしょうね。仮にガラスが無ければ誰かしら木像に触れるため、せっかくの色鮮やかな義経木像はくすんでしまいますもんね
それじゃ
こちらはHPからの転載、、、硝子が無いと綺麗に写りますね
そして、ここ高館は小高い丘の上にあって、眼下にはゆったりと最上川北上川(修正)が流れています
ここで私は大失敗をしたのですが、この時は全く気付かず、石碑を観て「ここにもあるんだ~」なんて軽く流し、1枚も撮影しなかったのですが、義経堂とは反対側に松尾芭蕉の石碑があったんです
実はここ高館から眺めた風景を読んだ句が、、、先日紹介した句の場所だったんですわ
夏草や 兵共が 夢の跡
まさしくこの風景を芭蕉が観て、上記の句を読んだそうで、その石碑には芭蕉直筆の拓本がデザインされた石碑だったと後日に知り、なんとも勿体無いことをしたなと後悔。。。事前の勉強が足らなかったのがこんな所で出ちゃうのでしょう
芭蕉にちなんで「五月雨を あつめてはやし 最上川」の句は、こちらで読んだのではなく、山形県の立石寺(山寺)で読まれたのですが、芭蕉が立石寺にいたのは旧暦の6月で、5月はここ平泉周辺から立石寺へ向かう途中だったんだそうです
そうなると「五月雨を・・・」と書き出すのは変ですよね?
実は立石寺に着く前に「五月雨を・・・」の句は出来あがっていたらしく、当初は「五月雨を あつめてすずし 最上川」だったのを、6月に入って立石寺近くでの最上川は濁流渦巻く川の早さが目に付いたことから、中の句を「すずし」から「はやし」と変えたんだとか
松尾芭蕉と言えども俳句の下書きをしていたってことは、、、即興で読んだのではないのですね
このエピソードを知り、何故か親近感を湧いたのは私だけでしょうか?(笑)
石碑は撮り損ねましたが、東北では今が見頃のアジサイで我慢くだされ
駐車場(無料)は麓にあったのですが、するすると車を走らせ拝観受付近くで駐車し観て参りました。最上川北上川(修正)の景色を堪能しなければ10分程度で拝観が可能です
無量光院跡 (むりょうこういんあと) 午前11時25分
ここ「無量光院跡」は藤原秀衡が建立し、今では跡地として整備されています
無量光院跡には京都宇治の平等院を模して建てられた寺で、またここの無量光院は宇治の平等院よりも大きかったと伝えられています
中尊寺を降りてきてすぐに高館義経堂へ向かったお陰で、身体の汗が引かずこちらは車の中から撮影して、ハイおしまい。。。なんとも面倒臭がりな奴だとおわかりいただけたでしょうね、、、だって汗が引かないんだもん!
無量光院跡は平泉駅にも近く、歩いて5分ってところでしょうかねぇ
平泉最後は「柳之御所遺跡」です
柳之御所遺跡 (やなぎのごしょいせき) 午前11時30分
奥州藤原氏が政を行った「平泉館」と想定され、平成22年に公園として整備されました
10000㎡もの広さをほこる遺跡で、発見された土器や陶磁器により京都とや中国等の交流が盛んだったと伝えられています
平泉はここ柳之御所遺跡で最後にし次の目的地へと向かうのですが、世界遺産として登録された5か所の遺産のうち「金鶏山」を抜かした4つを観て廻ることが出来ました
帰宅して金鶏山が写っていないか確かめたのですが、どこが金鶏山かわからず断念。因みに上の写真で右端手前の山が高館でありまする
そうそう、今日の朝刊で世界遺産ならぬ「機械遺産」5点が発表され、吉野山のロープーウェイやTOTOウォシュレット、元東急線のステンレス車輛が登録されたんだとか、、、世界遺産ブームによってどこまで底辺が広がるのか・・・私の部屋の中でブーンと唸っている10年選手の扇風機は、個人的に夏のみどこの国の世界遺産よりも大切な奴です。。。今年の夏も無事に乗り切ってくれーぃ
追記:当初文中に丘から見える川は「最上川」と書いておりましたが「北上川」の間違いでありまするm(_ _)m。。。修正いたしました
こちらへは行かなかったと思います。
ただ、少し小高いところから平野の中をゆったりと流れる川の風景は
目に焼き付いています。それがどこからだったかは・・忘れました(T_T)
by kuwachan (2012-07-24 12:34)
こんばんは。
実際の義経はひどい出っ歯だったと歴史ものでやってましたが…
アチアチアチです。
by 夏炉冬扇 (2012-07-24 18:29)
夏炉冬扇さん
こんばんはデス
義経は出っ歯だったのですか?
なんか美男子として伝えられておりますが、出っ歯とは・・・
お歯黒や眉消しが流行った時代ですから、出っ歯が好まれる時代だったのかな、、、
by わけん (2012-07-24 21:02)
ガラスが反射して上手く写真が撮れず、ガラス邪魔だなぁと思うこと、私もあります。
モナリザは写真撮影不可ですが、それでもガラスに覆われていて反射していたような記憶が…
守るためには仕方ないのかも知れないんですけどね。
甘い明智はそう思います(笑)
by 麻能 (2012-07-24 23:56)
こんばんは。
高館義経堂、懐かしいです。中学時代に行ったきりです。
当時は、弁慶が仁王立ちになって全身に矢を受けながらも義経を庇ったとされる
像がありました。
現在は義経の像があるのですね。
ところで、「ここ高館は小高い丘の上にあって、眼下にはゆったりと最上川が流れています」とありますが、最上川ではなくて北上川です。
最上川は山形県の川ですので。
最初の一文字違いです。年の為ご確認ください。
by 青い鳥 (2012-07-25 00:30)
麻能さん
こんばんはデス
ガラス張りの先にあるモノを撮るのは本当に厳しいですよね
劣化や風雨から守るためには致し方ないです
美術品は逆に写真を撮らせないためにガラス張りで展示されているのもありますから、我慢しかありませんね
明智クン。。。アハハ(笑)
by わけん (2012-07-25 00:57)
青い鳥さん
そうだった!
「最上川」じゃなく「北上川」でしたわ
芭蕉マジックによって最上川にしてしまったのかもしれませぬ
本当はこのお出掛けで最上川を見たからか、なんか頭の中に残っていましたわ
御指摘ありがとうございまするぅ~
高館義経堂には資料館があったのですが、中は覗かず出てきてしまったのですが、もしかすると資料館内に弁慶の像があったのかもしれませんね
by わけん (2012-07-25 01:02)
kuwachanさん
おはようございマス
記事やコメントで誤字が見つかったので、書き直し修正をいたしました
中尊寺からですと川が少し離れていて、ここ高館からですと川が間近を流れている感じです
景色的にはこの高館の方がきれいに見えるかも知れませんね
by わけん (2012-07-25 07:37)
再びお邪魔します。
私のコメントも今見たら誤字がありました。
「念の為」と書いたつもりが「年の為」となっていました。
申し訳ございません。
by 青い鳥 (2012-07-25 09:44)
青い鳥さん
こんばんはデス
いえいえ、青い鳥さんの誤字は微笑ましいですよ
年の?ってことは、歳の?なんて気づきませんから、、、と言いながら真っ先に気づいてしまったかも(笑)
最上川がこんな所を流れている筈も無いのに、何となく書いてしまった後は、全く気づきませんでしたわ
ご指摘いただき本当に感謝です
by わけん (2012-07-25 19:04)