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山陰・山陽の旅 9 出雲大社 [山陰・山陽]

【2014年4月27日(日)】 08:45 山陰・山陽の旅 9

【出雲大社(いづものおおやしろ、いづもたいしゃ)】

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この旅2日目の1発目は出雲大社!

出雲は高校時代に「青春18のびのびきっぷ」が発売されると聞き、5日間で東京から西鹿児島、金沢と普通列車&普通夜光列で鉄道旅をした際、出雲からの夜行列車で待ち時間を使って銭湯に入ったのが最初かな。因みに翌年は2枚購入して前回と似たルートを含め、東京から鹿児島・札幌を一周しました。1回目は計5日間で宿泊は1回、車中泊は3回、駅待合室泊1回。2回目も似た感じで宿泊2回、車中泊4回、駅待合室泊3回。今では真似できないハードな旅(今では一番贅沢な旅になるのかも)をしたものです

話を戻して今回の出雲大社。かなり楽しみにしており、たっぷり時間を費やして参拝させていただきました~

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訪れて初めて知ることっていっぱいあります

こちらの出雲大社の読み方は?・・・・「いずもたいしゃ」!、、、、違います。正式には「いづものおおやしろ」と読みます。でも「いづもたいしゃ」と読んでも正解みたいなんですけど、「ず」でなく「づ」らしい。そして出雲大社という名は明治4年に改名、以前は杵築大社(きづきのおおやしろ、きづきたいしゃ)と呼ばれてたそうな。しかし「いづも」だと変換してくれませぬ

何故神社の名称を変えたのかという疑問が。。。神社HP等を調べても"明治4年に改称"だけで、詳しい理由がわからない。大昔の出雲で「大社」と呼ばれていたのは熊野大社と杵築大社。熊野と云えば神武天皇が海を渡り辿り着いた熊野を思い出すが、ここでの熊野は出雲大社より山間に位置する一之宮。杵築を含め出雲には2つの一之宮が存在していた。ただ地名の出雲で名が付く神社が無く、その理由から杵築より出雲大社と変えた、、、という説がある

あくまでも説であるため本当かどうかはあなた次第(都市伝説になるのかも)

日本書紀や古事記によって出雲(杵築)大社は色々と記載されているが、いろんな資料を目にし、私なりの意見とすると、古代の日本は地域によって国があり、現天皇家の祖である大和や出雲、関東・東北地方の荒脛巾(あらはばき)と色々。出雲の強さは強大で攻め滅ぼせば祟りもと考え、当時の大和は出雲と手を結び、その証として天高い社を建てたんだと考えています。荒脛巾は大和によって滅ぼされたのが真実なのではないでしょうか

青森の三内丸山遺跡があった事を考えれば、当時の東北は一大国家があったと想像が出来るのですが、何故か現代の日本人の頭の中に「東北」と云うと田舎と感じる理由は、大和が蝦夷と称し封印するかのような政策があったのではないのかな・・・と私は考えております。よって古代の日本には何カ国かの王様と呼ばれる者が君臨し、繁栄があったんだと思うんです

あくまでも個人の意見でありますことをお許し下さいませ

紹介前に長くなってしまいましたが出雲大社をお伝えします

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現在の結界から先は下り坂。神社を造る際は参道から登り坂となるのが普通だが、ここはやはり違うなぁ

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出雲大社では参道が3本。もちろん真中は神様の道。参拝者は両側の道を歩む

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大国主命(おおくにぬしのみこと)は・・・ヤバいヤバい、また長文になりそうなので次に行きましょう

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頭を下げているのは私の老夫婦。母方の実家は神道だったため、私も子供の頃から神社では神域に立ち入る際は「頭を下げろ」「神社で真中を歩くな」「参拝時は帽子を取れ」などなど厳しく教えられましたわ

この旅を終え1ヵ月後の2014年5月末、高円宮典子さまが84代出雲大社宮司子息の千家国麿氏と婚約を発表。この時の母の喜びは嬉しかったそうな。母の祖母は会津で、祖母曰く秩父宮妃勢津子さまが旧会津藩士の松平家に嫁いだ話をよく聞かされたのだが、祖母とも関係無くても母自身が訪れた出雲大社かせ皇室と結ばれた事がとても嬉しかったみたい。お陰で5月末のその日は1時間近く話を聞かされたことは言うまでも無い

拝殿とご本殿

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訪れた時の一昨年(2013年)は60年に一度の大遷宮。御本殿や拝殿の注連縄が新しかったです

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ご本殿前には、、、

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2000年に語り継がれていた古代本殿の支柱が発見され、謎や伝説は誠であったと証明された

直径1.35mの巨木を3本まとめ、高さ48mもある空中本殿が造られた。境内には48mの半分となる24mもの巨木柱が再現されているが、当時はその倍もあったのだから驚かされる。奈良の大仏殿や姫路城と古代における建築技術はとても素晴らしい。現代では絶対真似が出来ないところにミステリアスな感じが漂い、実際に訪れた者を感動を与えている

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大社造りの御本殿。寺社仏閣は左右対称の造りが主であるが、ここ出雲大社は左右非対称。何故かと申せば御本殿の中央に「心の太柱」があるのと周囲の柱は漢字「田」の字で配置されているため、出入口はどうしても端になってしまう為なのです。この大社造りは弥生時代の高床式住居や、高床式倉庫ととても似ていることから、この建築様式は紀元前(2000年前?)から継承されているんですね。御本殿裏手に回る道を歩くと出雲大社独特の千木が屋根から張り出しています

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拝殿向って左側に神楽殿があるのですが「工事中?」と思ってしまい、そのまま帰ってしまったのですが、工事中と思われた建物は出雲大社の庁舎だったみたい。日本最大の注連縄を見て来なかったのは失敗でしたわ

約1時間半滞在し次の訪問地へ、、、と思ったら、1990年に廃止されたJR大社線、旧大社駅が立派に残されておりました

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大社駅は1912年(明治45年)に建築され、1924年(大正13年)に改築。1990年(平成2年)に廃止されたが素晴らしい駅舎は文化財保護として残された。現在は国の重要文化財として保存されている

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それにしても今回の出雲大社。お出掛け紹介がちょっと長文となってしまいました。。。反省

データ  出雲大社  出雲市大社町杵築東195    9:00~16:30 (祈祷)  参拝料:無料  駐車場:無料

      旧大社駅  出雲市大社町北荒木441-3   9:00~17:00       入館料:無料  駐車場:無料

一部土産店駐車場では土産を買わないと・・・という所もありますが、出雲大社周辺の公共駐車場は全て無料。私は参道途中にある神門通り交通広場駐車場を利用。駐車台数は60台程度


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コメント 2

kuwachan

大社駅、一度行ってみたいです。使われていないのが勿体無い感じです。
ヨーロッパだったら絶対現役じゃないでしょうか。
出雲大社へは行ったのですが、家族旅行で観光タクシーだったので
駅はスルーされてしまいました>_<
by kuwachan (2016-02-16 19:33) 

わけん

kuwachanさん
出雲市駅から出雲大社に近い、、、いや、ほど遠い所に旧大社駅があり、
駅周辺だけ線路も含め保存されていました。
駅舎はとても綺麗に保存されていて、列車が到着してもおかしくない感じ。
ヨーロッパならばまだまだ若い駅になるかもしれませんね。
by わけん (2016-02-17 21:07) 

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